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私の目で見たピョンヤン平壌
5(3日目)
2002年5月18-25日

5月20日(平壌第3日目)
今日は、西海閘門へ行く。その後、マンギョンデ故郷の家、マンギョンデ学生少年宮殿、少年宮殿の公演観覧などスケジュールは盛りたくさんだ。
あさ6時前に起きて、6時半から朝食をとり、7時半にバスで出発。西海閘門へ向かった。
西海閘門は南浦市のところにある。南浦市はソウルで言えば仁川市のようなもので、西の海にある港町である。
私達を乗せたバスは、西へ高速道路のような道を走った。道は広いのだがあまり車は見かけない。気持ちよく走った。
途中、統一教会の文鮮明牧師が出資して作られたという自動車の工場があった。案内員の話によると、文牧師はいろいろと「北」に投資をしているという。
広い道に遠くまでなんにも見えない。以前、「未知との遭遇」という映画があったが、その宣伝ポスターのようだ。
これが文鮮明牧師が投資して作ったという、自動車工場。走るバスの窓からなので、はっきり撮れなかった。
南浦市街、人々が動いているのが見える。
塩作りの塩田が広がっている。
これは西海閘門のシンボルかな。
西海閘門とは、西海の海とテドンガンの川の間に作られた、ダムのようなものだ。
この関門ができるまでは、海の塩水が川に流れてきて、川のそばの作物に塩水が流れ込んで被害を被っていた。
ビデオで工事の様子を放映しながら、説明していたが、途中で停電なのか、止まってしまった。解説員はそのまま説明していたら、電気がついて、続きのビデオをみながら説明をしてくれた。
この解説員、なかなか美人でサービス満点だ。バスの中では私達に歌をおしえたり、まだ、みずから歌ったりした。
説明をしてくれる、解説員。
ビデオが停電なのか途中で止まった。
私達一行は熱心に説明を聞く。
説明員は歌を歌ったり、おしえたりする。
バスの窓から見る、南浦市の街のようす。
道路工事のようで、作業員をトラックで運んでいるのかな?
引っ越しなのかな?トラックの荷台に人を乗せて運ぶ様子が平壌でもよく目に入る。
この交通安全員は男性だ。ピョンヤンでは大抵女性だったけれど。
西海閘門から平壌に戻り、マンギョンデへ行った。
人たちが沢山来ていた。バスで来た人たちもいて、駐車場にバスを止め、歩いて「故郷の家」に向かっていたが、私達はVIP待遇で、バスはこの人たちをのかせながら進んでいった。
どうして、他のバスは入れないところをこの私達を乗せたバスははいることができるのだろう。バスに印しでもしてあるのかな。
「故郷の家」の近くでバスを降り、何時間も並んでいる人たちの間に私達はすっと横からわって入り、「故郷の家」を見学した。
ここは、金日成主席が生まれ育ったところだと言われる。
みなさん、長い列をなしながら「故郷の家」へ向かう。
金日成主席の幼いときの生活用品を展示している。
中央が幼いときの金日成主席、左がその父で、右が母。
とにかく人が多い。
私はこれらの模様をカメラに納める。
ちびっ子たちも見学に沢山来ているけど、内容をわかるのかな。
かんぱい。
普通江ホテルで朝鮮キリスト連盟中央委員会のカンヨンソップ委員長との昼食会を持った。いわゆる、連盟が私達を歓迎する食事会なのだ。
朝鮮キリスト連盟中央委員会のカンヨンソップ委員長
連盟へおみやげを進呈した。

ピョンヤンへつづく

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