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楽しい入院生活
<外科>

즐거운 입원생활

2004.12.10〜21
2004年11月26日からNTT西日本大阪病院へ入院した。
楽しい入院生活だ。メシは時間通りに暖かいご飯が出る。
かわいい看護婦さん達がお世話をしてくれる。
毎日手を握ってくれるのだ。(脈拍を計るために)


12月10日から内科病棟から外科病棟へ引っ越しした。
13日に胆嚢(たんのう)摘出の手術を行った。
手術は順調に済み、体調は回復し、 21日に退院した。


11월 26일부터 입원하였다.

もし、韓国語が見られない場合、ここを参考にしてください。

12月10日昼1時、今日はいよいよ内科から、外科病棟へ引っ越しをした。
エコー検査の為、朝食抜きだった。検査が終わって、遅食だ。それはパン食だ。
ここでエコー検査だ。
腹部エコー検査を朝行った。
入院中、ずーっとおシッコの検査だ。
おシッコを貯めて検査する。
角 千夏さん、よくめんどうを見てくれる、看護婦の一人。
603の内科病棟での最後の昼食だ。おいしい!
外科病棟へ引っ越し。1階下の5階だ。
同じく東館、502号室の入口側だ。
外科の担当、看護婦さん。
手術の説明をする。
手術前と手術後の説明
眼科の検査だ。そんなに変化がない。
眼科での看護婦さん
担当の金亜椰先生。
眼科のカルテ。眼底の写真もある。まだ、大丈夫だ。
10日午後5時ごろ、麻酔担当の福嶋美香先生。
親切丁寧に説明してくれる。
レントゲン検査をした。
手術の時、全身麻酔をかけると言う。
麻酔をかけると、目が覚めたときには、手術は終わっているとのこと。
これを聞いて安心した。
12月10日、午後6時ごろ、外科担当の武元浩敏先生から、手術のことを説明を聞いた。
腹腔鏡下胆嚢摘出術とは、
腹部に4ヶ所の穴(大きさは、へそ下に10mm、みぞおちに10mm、右上腹部に5mmを2つ )を開け、その穴から内視鏡や手術鉗子を挿入し、胆嚢を摘出する方法という。
胆のう(緑の部分)を切り取る手術だ。
胆のうの部分にポリープがある。
手術はカメラを入れて、モニターを見ながら行う。約2時間ぐらいかかるという。
この手術は矢野先生が評判がいいという。うっかり、矢野先生の写真を撮ってなかった。
これを腕に巻く、名前と血液型を記している。
1階の玄関あたり、クリスマスの催しがあるようだ。準備をしている。
12月11日に、一階の玄関ホールでコンサートがあるという。
12月11日、昼1時半からクリスマスコンサートがあった。生野中学のブラスバンド部。
眼科の看護婦だ。娘さんと。
新井さんが見舞いに来た。
患者さんの観客が結構多い。
12月11日の昼3時頃から、外出をした。
今日は自宅で泊まった。
12日の昼12時までに病院へ戻った。
12月12日、日曜日。
張成秋さんが来た。
11日、私が家に行っている間に横沢さんが花を持って来た。
上間部長が来た。
手術室に入る時の説明があった。
へその掃除をしてくれた。
下剤を飲んだ。夜9時から水も飲んではいけない。
お腹にあるものはすべて外部へ出すのだ。
12月13日8:15、点滴をつけた。
手術の直前。
これから手術に入るのだ。鄭牧師が撮影。
朝8時ごろ、鄭牧師が見舞いに来てくれた。
いよいよだね。
足に血栓ができないように、ソックスを履く。
手術室は3階だ。この門からは、付き添いも入れない。
12月13日、いよいよ手術。時間を追ってみよう。
8:15手術のための点滴をつける。 8:30血圧や血糖などを測る。
最後のトイレに行く。お腹にあるものをすべて外へ出すのだ。
8:50移動ベットへ。
二人の看護婦さんが私を手術室へ運ぶ。
じゃ、入るよ。と手を振る。
私を乗せたベットは
手術室へ入った。
手術室のドアはしまった。
9:00手術が始まった。
11:05手術室から出る。
11:10意識が戻る。自分のベットにいた。
摘出された私の胆のう。半分に割ったもの。
11:55全身麻酔から目さめて初めて、自分でビデオカメラを回して
撮ったのがこの点滴装置だ。
12月13日11:15、手術後、目覚めて、Vサインをする。 点滴、これは栄養分だ。飯の代わりだ。
まだ、水も飲んではだめだ。
手術室から帰還して目が覚める。
膀胱から管を通して、小便はここにたまる。

いろんな機械も一緒についてきた。血圧や、脈拍など、瞬時にわかる。
手術室から出てきたら、管がいろいろと付いている。
12月14日、朝8時ごろ、
武元先生が糸のようなものを抜いた。そして管のようなものも抜いた。
糸のようなものを穴から抜いた。
もう水やスポーツ飲料などを飲んでもいいという。
12月14日、手術後1日目。
崔浅子伝道師が見舞いに来てくれた。
元気だ。本来の私に戻った。
昼食から、手術後初めての食事、おもゆが出た。
これで持つのかな。
崔浅子伝道師が持ってきた花。きれいだ。
9:30、尿道に入っていた管を取った。
10時ごろ、点滴も取った。
傷は4箇所のようだ。大きいので2センチぐらい、小さいので5ミリぐらいかな。
12月15日、朝8時ごろ、武元先生がガーゼーを取った。テープで、傷を保護しているのでシャワーをしてもいいと言う。
ホッチキスのようなものを取るのは、もうしばらく後だ。
朝食に米粒が少し入ったのが出た。
糸というより、本当にホッチキスだね。
へその下が一番大きな傷だ。
12月16日夕食はおかゆではあるがおかずに焼き魚が出た。
15日昼に、金ヘンチュンさんが来た。
15日夕方、ポグ兄さんが見舞いに来た。
ガーゼは毎日換える。
真田さんから花が贈られて来た。
調子はどうですか。体温は?薬は飲みましたか。など聞く。
今飲んでいる薬はこの3種類。
左から、血圧の薬=ブロプレス錠
アダラードCR錠。この2種の薬は朝食後すぐ。1日1回。
糖尿の薬=メデット錠。毎食後すぐ。1日3回。
花の置き場所がない。
16日朝11時頃、映子ちゃんの母が見舞いに来てくれた。
12月17日昼に、松井さんと児島さんが見舞いに来た。しかし、そのときは私散歩がてら、会社にいたので、会社へ来た。 12月17日、昼食に、米のごはんが出た。5日ぶりか。
17日、午前11時頃、お風呂に入った。ところが、バンソウコウを取り替えながら、看護婦が「シャワーだけのはずじゃなかったの」という。
あ、勘違いして湯船まで入ってしまったようだ。
病院の風呂は小さいが一人なら、いい。きれいだし、外の景色もいい。
12月18日午後5時、ケイビーエスの忘年会
これに参加することを、オーケーをもらった。
乾杯!
私はダイエットダイエットロング缶1本を飲んだ。
料理は鍋だ。寄せ鍋かな。サカナ、貝、野菜がだっぷりだ。
午後5時から始まって、病院の門限9時までの4時間。あっという間だ。私は病院へ戻ったが、宴会はつづく。
12月19日(日)建国の李正市校長が見舞いに来た。
18日に山本さんが見舞いに来た。
NTT大阪病院の案内板。
これから、糖尿病センターでは、まだまだお世話になる。
20日あさ、糸(ホチキス)を抜いた。
傷はもう自然に閉まるという。
12月20日、体調がいいので散歩を兼ねて、電車、環状線に乗ってあべのへ行った。
新井さんは見舞いに来て、退院の前祝いといって夜6時頃、連れ出し、鶴橋の焼き肉屋へ行った。
散歩に出でいる間に、島田さんと櫻本さんが来た。
校友会の金賢太郎会長夫妻が来た。
12月21日、午前退院だ。
傷に当てたガーゼもすべて取った。
病院での最後のメシ。
今日の血糖値、少し高めだ。
12月22日に、血糖のコントロールをするために血糖の測定器を購入した。デルモ社製のメディセーフのセットを購入。
これは25日の昼、昼食前の測定値。高いね。
12月25日、退院して4日目、風呂に入り傷口を調べた。すっかりいいようだけど、まだ、かゆみはある。
一番上にある傷口。一番速い治りのようだ。
この左から胆のうを取り出したといわれる。
傷口は4カ所。
一番左から胆のうを取り出したところ、へその下からカメラを入れたところ。
ここから胆のうを取り出したという。 へその下にある傷口。一番治りが遅いようだ。
12月21日退院した。
しかし、「胆のう」にできた、ポリープが悪性か良性かを精密検査しなければならない。その検査結果は、05年1月6日に出る。
2005年1月6日、結果がでた。
「悪性でしたね。つまり、ガンでした。しかし、他に転移する前に胆のうを摘出しましたので、もう大丈夫です」と、担当の武元先生はいう。

楽しい入院生活<エピローグ>
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